著者に聞く/矢ヶ崎善太郎先生

聞き手・知念靖広(学芸出版社)

矢ヶ崎善太郎先生(京都工芸繊維大学)

 

今、なぜ職人さんのお話をお聞きするのでしょうか

『楽しき土壁』の「はじめに」でも書いたことではあるんですが、 職人さんというのは、建築全般にわたって、つねに実践しながら、考え、学んでいるという姿勢を持っている方々であり、ありきたりな言葉でありますが、まさに建築の「知恵袋」的な存在です。 なので、今のうちに話をお聞きし、記録に残しておくというのは、非常に重要だと考えています。

戦前から戦後にかけてたいへんご苦労な時代を経験され、 日本を立ち直らせさせた職人さんの知恵というものは、 われわれが単に建築を見ているだけではわからないことまで及んでおり、 建築を学ぶ・考えるということについて、 われわれにいろんな示唆を与えてくれるんじゃないか、ということも前から思っていたんです。

実際にお話をお聞きになられていかがでしたでしょうか。

佐藤嘉一郎さんについては、とにかく、ご専門の壁以外にいろんな分野に興味をもって、勉強しておられるなという印象ですね。たくさん本も読んでおられるし、茶のことも、庭のことも、石のこともとことん勉強されてるし、いつ勉強されているんだろうなと思うくらいです。

大工さんや職人さんによって違うのかもしれないけれども、 大工さんというのは、ノコギリとノミを持って、ただもくもくと仕事をこなす、 あるいは左官さんであれば、鏝を振るうっているのが、まさに職人さんの姿であると思っていたのですが、陰であれだけの勉強をしているというのが、ちょっと驚きでした。

町家や茶室をずっと手がけておられるということを知っていたので、 そのような話になるというのは当然期待していたし、実際そのとおりであったんですが、 洋風の建物についても興味をもたれていたのが驚きでしたね。 おそらく、伝統的な聚楽の壁を塗っておられる京都の左官さんにとっても、 洋風というのは刺激になるものだったのでしょう。

荒木(正亘)さんの本(『町家棟梁』)のときもそうだったのですが、 一般的な話や、過去の通り一ぺんのことはある程度はお聞きできるのですが、 後日、場所を変え、建築の現場で再度お聞きすると、 いきいきと話がはずみ、内容も一段と面白くなってくるんです。 「もの」を目の前にすると、頭のなかにいろいろと浮かんでくるのでしょうね。

そのあたりがわれわれと違うんですよね。 大学で建築を学んで、「実際のものを見る大切さ」を心得ているつもりではいるんですが、 やはり、完成した状態のものからしか理解できない。 つくっている状況のことを知らないものですから、 つくり手としてみる眼というのはまた違うんでしょうね。

若い世代は、古い木造建築についてどう捉えているのでしょう。

町家をテーマにして研究をやりたい人も増えています。昔は、歴史の分野だけだったんだけれども、最近ではそれこそ、環境工学分野、構造分野でも研究がはじまりつつあります。 構造の先生が木造に目を向けるということはありえなかったし、まして、町家なんていうものに、本気になって取り組んでいるというのは、ある意味、隔世の感がありますね。

設計をやっているような学生たちも、それなりに良さを感じているようですし、町家の空間を経験する機会も多いみたいで、「町家に学ぼう」「生かした設計をしよう」という学生がかなり増えています。 うちは、ヨーロッパの学生などと交流するのですが、彼らを京都の町家などに連れて行くと非常に喜びますね。日本の狭い住宅というイメージしかなかったのかもしれないけれども、なかなか豊かな生活が実感できるようです。

町家ブームと言われる少し前に『町家再生の技と知恵』を出されました。

2002年に、町家の職人さんたちにお話を聞きながら、本をまとめさせていただいきました。 それまでは、町家のような「伝統構法」と、いわゆる現代の「在来構法」との違いを意識することさえなかったんです。いろいろとお話をお聞きするうちに全然違うんだということをはじめて知ったわけです。 改修という仕事をやっておられるわけですが、 人間の手術とおなじで、身体のしくみを知っていないとできないということを、 当たり前のことですが、あらためて気づかされたんです。 世の中にとっても、いいきっかけになった本だったと思います。

街なかの町家が見直されているというは、とてもいいことだと思います。 一方、見直されている結果として、東京資本のレストランだとか、ブティックだとかになっている。 ただ、これを危惧する声もたくさん聞くんですけど、まずは注目されているということはいいことですね。 だからこそ、注目ゆえに不安をもった結果、京町家作事組などもできたわけだし、 本気になって町家のことを勉強しようという機運が高まったとも言えるのでしょう。

荒木棟梁からは、 町家の大工というのは、常に手をいれて改修していることは当然なんだけれども、 次の改修がしやすいように、今後、何年後にこういう改修が必要だということを念頭においた上でやっている、という話をうかがいました。 やはり、そういう眼をもった建築家、歴史家が、もっともっと出てきて、これからも伝えて続けていかなければならないでしょう。

これから「本当の町家とは何なのか」ということをもっと考え、多くの市民とともに学んでいかないといけない時期にきているのだと思います。

(2012-03-30/京都工芸繊維大学・研究室にて)

『楽しき土壁』 『町家棟梁』 『町家再生の技と知恵』


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